どっちを向いても何も無い

友達の家






僕には成宮正と言う友人が居る。
彼に僕の他に友人が居るという話を聞いたことが無い。

中学二年の冬、僕は彼、成宮正の誕生日会に呼ばれて彼の家まで行ったのだ。
彼が裕福な家の子供だとは知っていた。
僕と彼が遊ぶのは何時も僕の家かゲームセンターだったから彼の家に行くのは今回が初めてだった。

大きな門の前に立って僕は呆然としていた。
門の端にあるインターホンを押そうか押すまいか迷っていた所に詰め所から見ていたらしい守衛が僕に声を掛けてくれた。

「君…成宮家に何か用かね?」髭ズラの男が僕にそう問いかけた。
「え…えぇ。正君の友人で…」
其処まで言うと、守衛の男は手を打って言った。
「君がそうか。詰め所に来てくれ。」
僕は言われるがまま守衛について行った。

詰め所に着くと守衛は受話器と取って誰かと会話し始めた。
「守衛です。…えぇ、いらっしゃいました。…はい。…はい。」
と、守衛は僕に受話器を差し出し、正坊ちゃまからです。と言った。
僕が受話器を受け取ると、向こう側からニヤニヤと笑っている気配が伝わってきた。
「や、近藤実君。」
「フルネームで呼ぶなよ、成宮正。」
「何故、俺が君を直接家に入れずに詰め所に呼んだか分かるかい?」
「解らないね。君の考えは何時も解らない。」
「問題は俺が裕福な家の子だと言う所さ。」
「僕を疑っているのかい?」
「君を疑うなんてとんでもない。只…、只ね。確認を取ってからの方が安全だろ?」
「まぁ、良いけどさ。」
「やっぱり君は良い。柔軟だよ。」
「有難う。で、何をするんだい?」
「質問に答えて貰うだけだ。」
「質問?どんな?」
「聞けば解るさ。君なら楽勝さ。」
「…。一問目は?」
「一問目は… … …」

それから十五分間、彼の質問は続いた。

「よし、君を特別に俺の家に招待するよ。」
「招待はもうされてるんだがね。」
「まぁ、良いじゃないか。門に戻ってインターホンを押してくれ。門を開く。」
「OK」


門の前に戻り、インターホンを押すとギギギと音を立てながら門は開いた。

門を通ると其処には広い庭園が広がっていた。僕は其の広さに圧倒され言葉が出なかった。

門を抜け、少し歩くとゴルフカーが止まっていた。
僕が其の横を通り抜けようとすると、待って。と声が掛かった。
ゴルフカーには女性が座っていた。
「待って下さい。近藤実様ですよね。」
「はぁ、そうですが…。」
「私、成宮家でメイドをしております、御浜と申します。近藤様のご案内役を僭越ながらさせて頂きます。」
「どうも、お願いします。」
挨拶を終えると、御浜はゴルフカーの助席を手で指し、此方に。と言った。
どうやら、車で移動しないと時間が掛かり過ぎる様だった。

「近藤様は何時から正坊ちゃまと?」
「正から聞いてないのか。」
「いえ、聞いてはいますよ、友人に近藤実と言う奴が居るとは。」
「奴扱いか。出会ったのは小学校、友人という間柄になったのは…小学五年の時かな。」
「そうだったんですか。私が成宮家に仕え始めた頃ですね。」
「じゃあ、御浜さんは、三年ぐらいですか?」
「そうね。まだ下っ端だけどね。」
そうこうしている間に邸が見えてきた。
「近藤様。」
「何です、御浜さん。」
「私…。えっと…。」
「何です?」
「…今日。」
「今日、何ですか?」
「今日邸に、一度も入ってないんです。」
「え?」
「邸の中に入っていないのです。」
「どうして…。どうしてですか。メイドなんですよね、御浜さんは。」
「私は、正坊ちゃま付きのメイドでして…。えっと、今日までお休みを頂いていて…。今日も邸に入らない様にと…。」
「…アイツ、何を考えているんだ…。」
キッ…。ゴルフカーが止まり、僕は邸を見上げた。
大きい。しかし、雰囲気がおかしい。
雨戸は全て閉まり、外から玄関の中を覗いても、漏れ出す光を確認することは出来なかった。

「…この家って、何時もこんな感じなんです?」
「いえ…そんな筈は無いのですが…。」
「とりあえず、中に入りますか。」
「そうですね。ここのずっと立っていては…。…あれ?鍵が…掛かっていますね。」
そう言うと、御浜は玄関の扉を持っていた鍵で開けてくれた。

ガチャッ…ギィィィ…
中に入ると、ふわっと不思議な香りがし、僕を一気に邸の中に引き込んだ。
僕と御浜さんが入ると扉が自動的に閉まりガチャッと鍵が掛かった。
「…今、自動的に閉まりましたよね。扉。」
「みたいですね…。こんな機能ついていなかった筈なんですけど…。」

『ピンポンパンポーン。漸く来たか。先ず食堂へ。場所は御浜が知っている。じゃあまた後で会おう。』

「…。御浜さん。食堂、何処ですか?」
「食堂なら、そこを入って…。」
「進みましょう。」
「でも、何がどうなっているやら…。」
「僕にも、何が何だかサッパリです。しかし、アイツの言う通り進みましょう。」

「ココ…ですか?」
「えぇ…。でも…。」
食堂の扉は酷く黒のペンキを塗りたくられていた。

「扉に鍵は?」
「掛かっていないと思います。食堂には鍵は無かったはずです。」
「では…。」
僕が扉に手をかけ…ノブを回そうとして刹那。
『ケケケケケケケケケケケケ…。』

「キャッ…」
御浜はその声に驚いて腰を抜かした。
「…この声、中から聞こえますね。」
僕と御浜さんが話している最中も食堂の中からケケケと笑い声が聞こえていた。

「…開けますよ。」
僕は御浜さんを立たせ、扉を開けた。
食堂の中に入るとこの家に立ち込める匂いの正体がすぐに解った。
食堂のテーブルや椅子にお香の様な物が立てたあった。テーブルには大量の料理があった。

「…これの匂いか。」
「こんなお香…私知りません。」
「この為に用意した…んだろうね。」

『ケケケケケケケケケケケケ…。』相変わらず笑い声は聞こえている。

「何処から聞こえているのでしょう…。」
「奥から…聞こえますね。」
「あれ…?奥の椅子に…」
暗くて良く見えなかったが一番奥の椅子に何かがあるようだった。
「行ってみましょうか。」
「そう…ですね。」

奥に進むにつれ、段々と匂いが濃くなっていった。
一番奥に到達すると、椅子には何やら不気味な人形が座っていた。
『ケケケケケ…ワタシはカワイイオニンギョサン。カワイイカワイイオニンギョサン。』
「何を言っているんだ…可愛いお人形?」
「その人形…見たことあります。」
「何処で…ですか?」
「多分…ですが、坊ちゃまの部屋だったと思います。」
「正はそれを何と?」
「いえ…只の人形だと…」
『ケケケケケ…夢の国へいらっしゃい。箱の中は夢の国…』
「…御浜さん。」
「何ですか?」
「食堂の外に出ましょう。」
「え?」
「いいから、早く出ましょう。」
半ば強引に御浜を連れ出した。御浜は訳も分からず手を引かれるだけだった。

「…食堂が危険だと思ったんですか?」
「えぇ。」
「どうして…あの香りと人形以外何も…」
「恐らく…ですが、あの人形の言っていた”夢の国”は”死”だと思います。」
「え…。」
「箱の中の夢の国って言っていましたよね。」
「えぇ…」
「保健所が犬や猫を処理する道具…なんて言うか知っていますか?」
「……知らないです。ごめんなさい。」
「謝らなくても良いです。”ドリームボックス”って言うんです。」
「ドリーム…」
「箱の中の夢の国…だからドリームボックスだと思ったんです。」
「でも、危険な物なんて見当たらなかったですよ?」
「そこで。あの匂いです。」
「あの香りが…何かあるんですか?」
「これも推測ですが…あれは、ガスか何かを誤魔化す為に流していると思います。」
「…私たちを殺すために…ですか。」
「”ドリームボックス”はガスで犬や猫を処理する物です。つまり僕らをガスで殺す、とあの人形は言っていたんでしょう。」
「………。」

『……ポロローン…。食堂から這い出して来たか。やはり君は鋭いね。次は書庫だ。また後で。』


「御浜さん。」
御浜は僕の問いかけには答えず、じっと壁を見つめていた。
「御浜さん!」
「はっはい!」
「逃げたい。って思っていますね…。」
「……えぇ。」
「僕もです。だけど、逃げられないと思いますよ。」
「ここは成宮邸。御浜さんは中を知っているかもしれないけれど、アイツの事だから何か仕掛けているに違いない。先程の食堂も僕らを殺そうと掛かっていた。」
「書庫…何処ですか?」
「書庫は…こちらです。」

「これはもう…」
書庫に入るとそこには黴臭い様な空気と大量の本が騒然とあった。
「…ここにも…。何か仕掛けがあるんでしょうか…。」
「どうでしょう。判りかねますね。」
「アレ…どう思います?」
「どれです?」
「あの…机の上に広がっている、本です。」
「見ろ…という事でしょうか。」
「そうとしか…考えられないですね。」

本に近づくとその本達の多さが分かった。
「…二,三冊じゃないですね。これは…」
「どれを見たら…良いのでしょうか。」
「うーん…。」
…待てよ。本…、これは何処から出されたんだ…?

「この本…何処から出された本か、分かりますか?」
「流石に…この量からでは…私にも分かりません。」
「…そうですか。」
「何か分かったんですか?」
「いえ…、少し気になったもので…」
「何が…ですか?」
「この本…、全部じゃないですが、同じ様な単語が出てくるページが開かれてます。」
「…え?」
「この本には”夜”、こっちは”宵”ですね。」
「でも…。」
「こちらは”帳”、これは”晩”…。」
「一目見ただけで…、判ったんですか?」
「…なんで判ったのか、僕にも解らないんですが、その文字だけ…浮いて見えたんです。」
「…夜…ですか。うーん…つまり、暗くなるって事でしょうか。」
「今も十分暗いですよ。電気点いてないですし。」
「そうですよね…。」
「逆に明るくしてみましょうか。」
「…私が入れます。」
御浜がスイッチを入れると、一瞬何かが脳裏を掠め、電気が点いた。
「…何だろう。」
「え…?何ですか?」
「いえ…なんでも無いです。それより、当たりみたいです。」
「…?」
「アレ、見てください。」

指差す先に沢山の光が集まった一点があった。

「この本…ですか。」
「みたいですね。」
「開いて…良いですか?」
「どうぞ。」

開いた本は、真っ白だった。
どのページも、幾ら捲っても、真っ白だった。

「どう言う事でしょうか…。」
何だろう…何か…重大な事を、僕は忘れているような気がする。
先程過ぎった何かも、そして、この白い本も、僕の脳に何が起きているんだろうか。

「…近藤様。」


「近藤様…。」


「…近藤様。」


「近藤様、坊ちゃまの所に…行ってみます…か?」


「…。直接乗り込んで…みよう。聞きたい事もある。」


「…って言うか、場所分かるんですか?」


「…何時もの場所にいらっしゃるのなら。」



そこは邸の三階、一番東の部屋だった。

「開けます。」
「お願いします。」

「坊ちゃま。近藤様を…」


ブシュッ…


…赤いものが飛ぶ。

何だっけ…コレ。

…赤くってとろみのついた…。


「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

御浜の声で僕ははっとした。

「御浜さん!!」
「御浜が最初に入ってくる…か。君が急いで入ってくるかと思ったよ。」
「御浜さんに…何を!!」
「いや。死んでもらうだけだよ。」
「死んで…って…。」
「…こん…どう…さま…。」
「御浜さん…!大丈夫ですか!…血が…!溢れて…!おい!助けてやろうとか思わないのか!!」
「…こんど…うさ…ま…。いいん…です。私…思い…出したんです。」
そう言うと、御浜は僕の手を握り…言った。「私…私…。クローン…人間なんです。」

「…人間のクローンなんて…!」
「…成宮の力さえあれば。そんなことは簡単さ。御浜は…確か、七代目だ。」
「七…代目?」
「あぁ、今回の御浜は従順だった。十分すぎるぐらい…な。まぁ、そうやって調教したんだがな。」
「だからって…!要らなくなったら殺すなんて…!」
「…。君だって同じさ。」
「…お…んなじ?」
「記憶…あるかい?」
「あるさ。君との会話さえ覚えているさ。」
「…ぼっ…ちゃま…。おやめ…くだ…さい。」
「黙って死ね御浜。」
奴は、椅子から立ち上がり、ニヤニヤ笑った。
「くくく…近藤実。君も御浜と同じクローンだと言ったら驚くかい?」

「…そんな筈は…無い!両親の名前、顔、職業、何でも分かる!」

「…。っぷははははははは!!!!そんな曖昧な記憶に頼るか!」


「…ぼっちゃ…ま。」

「まだ生きているのか。クローンのが体の強度が高いのか?一度検証したほうが良いな。」


「さぁ!近藤実!そのほうに何が書いてある?」




「…何も…。」


「そんな筈は無いぞ。さぁ目を凝らせ!現実は無い!」



手に持った本を…僕は凝視した。


白いページを…無心で捲った。



すると…今まで真っ白だったページに…文字が浮かんできたのだ。






その中には、僕の経歴が…事細かに書いてあった。







「…読めたかい?」


「そろそろ時間だ。君達二人に幸多からん事を。」


そこで…、僕の目の前は…真っ暗になった。




  1. 2012/06/03(日) 21:04:50
  2. 失われた手記
  3. トラックバック:0
  4. コメント:0

コメント

コメントをどうぞ。


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://easysky.blog44.fc2.com/tb.php/872-e3f708ca
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad